突然の訃報は、私たちの心と生活に大きな混乱をもたらします。その時、ご遺族様が頼れる情報源は限られています。多くの方が「失敗したくない」という切実な思いから、葬儀社のホームページに掲載された「高い顧客満足度」や「リピート率」という数字に、強い安心感を求めてしまうのではないでしょうか。
しかし、葬儀という人生で何度も経験するわけではない、非常にデリケートで特殊なサービスにおいて、これらの数字は一体何を意味しているのでしょうか。そして、本当にその数字を信頼し、大切な故人様のお見送りの判断材料にして良いのでしょうか。
まずは、深い悲しみと疲労の中にあるご遺族様の心情に心から寄り添うことが何よりも大切です。その上で、感情的な状況から一歩離れ、冷静に情報を見極める視点が必要です。
I. 感情が下す「リピート」という判断の背景
リピート率が高いという事実は、一般的な商品やサービスでは品質の高さを示す重要な証拠です。ですが、葬儀におけるリピートは、その性質が大きく異なります。
1. 心理的な負担からの逃避
ご遺族様が以前利用した葬儀社を再び選ぶとき、その動機は必ずしも「最高のサービスだったから」という積極的な理由だけではないと考えることができます。
もしあなたが、短期間のうちに再びお身内の葬儀を検討する状況に直面したとしたら、どう思われるでしょうか?
• 「また一から複数の葬儀社を探し、複雑なプランを比較検討する気力がない。」
• 「前回特に大きな不満はなかったから、慣れているところへの安心感を優先した。」
• 「担当者が親身に対応してくれた。顔見知りという安心感が欲しい。」
多くの方が、この様な時間的・精神的な余裕がないという理由で、リピートという判断をされることがあります。これは、心理的な負担を避けたかったという傾向があることを示しています。感情的な状況下では、人は「最良の選択」よりも「最もストレスの少ない選択」を選びがちです。この心理は、判断の精度を低下させる一因となります。
2. リピート率の低さは「悪」ではない
リピート率が低いからといって、その葬儀社が悪い葬儀社であると短絡的に決めつけるのは適切ではありません。なぜなら、葬儀は頻繁に発生するものではないからです。
• 葬儀の発生頻度は低く、商取引としてリピート率は低いのが自然です。
• 引っ越しや親族間の事情、あるいは故人の宗派・希望の違いによって、物理的に同じ葬儀社を利用できないケースも多々あります。
リピート率の低さをもって、直ちにサービスの質が悪いと評価するのは、客観性を欠いていると専門家の視点から考えることができます。数字を扱う際には、その数字の背景にある市場構造を理解することが不可欠です。
II. 過去の満足度が「現在の品質」を保証しない壁
リピート率という数字を盲信することが危険な最大の理由は、過去の利用実績が、あなたの今の状況にそのまま当てはまるとは限らないという点です。
1. 葬儀内容の不一致がもたらすリスク
リピートした人が経験した「満足」は、その時のプランでの満足でしかありません。
例えば、リピートした人が豪華な一般葬を行ったとします。一方で、あなたの希望はシンプルに火葬のみかもしれません。
リピートした人の「満足度」が、あなた自身の「火葬のみ」の満足度に直結するでしょうか?
葬儀は、プランや規模が違えば、提供されるサービスや金額は全く異なります。過去の利用者の「満足」は、「そのプランでの満足」でしかありません。リピート率の高さは、あなたの希望する内容での高品質を保証するものではないと考えるべきです。
2. 長期的な視点から見た品質の変動
葬儀サービスは、常に変化していると考える必要があります。過去の実績が現在の品質を保証するものではないという見解が成り立ちます。
実務経験から見ても、プランや価格は、数年単位で何度も変更されているのが業界の常態です。
もしあなたが、過去の記憶だけで判断し、サービス内容が根本的に変わっていることに気づかなかったとしたら、どう思われるでしょうか?
• 担当者の変動リスク:
• 過去に高評価を得た担当者が、既に退職している可能性も十分にあり得ます。
• 経験の浅い担当者に当たる可能性も考慮すべきです。以前と同じ水準の安心感や親密なサービスを受けられない懸念が残ります。
• プランと料金体系の変化:
• 時代のニーズや物価の上昇、サービス内容の組み替えにより、プランは常に最新化されています。過去の費用が安価であったからといって、今回も同様である保証はありません。
• 技術・サービスの標準:
• デジタル化や各種技術の進化により、サービスの標準レベル自体が向上しています。過去の「満足」は、現在の「標準」を満たさない可能性も考えられます。
感情的な状況下では、このサービス内容の変動リスクを見過ごす傾向があるのです。
3. リピート率が高くなる構造的な理由
リピート率が高い葬儀社は、必ずしも一般顧客の継続的な支持だけで成り立っているわけではありません。専門家の見解に基づくと、リピート率の裏側には、以下のような構造的な要因が関わっている場合もあると考えることができます。
• 特定の法人や団体、あるいは自治体との継続的な契約が存在する。
• 特定の寺院や宗教団体との強力で歴史的な連携があり、紹介が途切れない。
• 地域における慣習的な関係性が非常に強く、他社と比較検討する文化がない。
リピート率の高さは、サービスの絶対的な質の証明ではなく、「構造的な関係性」が反映されている可能性を常に考慮すべきです。
III. ネットの「口コミ評価」が抱える構造的リスク
リピート率の他にも、近年はネット上の口コミ評価が判断材料とされます。しかし、葬儀という分野の口コミには、大きな落とし穴があります。
1. 匿名性と信憑性の問題
インターネット上の口コミは、匿名性が高いことが一般的です。
もしあなたが、顔も身元もわからない匿名の情報だけで、一生に一度の大切な葬儀の決断を下すとされたら、どう思われるでしょうか?
• 信憑性の確認不足: 投稿者の経験が本当であるか、あるいは競合他社による操作でないかを確認する手段がありません。
• 感情論の強さ: 感情が揺さぶられた状況での評価は、「最高だった」または「最低だった」という両極端に偏りがちです。冷静で客観的なサービス評価を得るのは困難です。
感情的な状況下では、この情報の真偽を見抜くリスクを見過ごす傾向があります。ネット上の評価は、あくまで「参考情報の一つ」として扱うべきです。
2. 業界慣習による評価の偏り
葬儀社の評価は、一般的なレストランやホテルとは異なり、構造的に高評価に偏りやすいという見解があります。
• 低評価の困難さ: 葬儀終了後に低評価を書き込むことは、故人を送った直後の心情や、関係者への配慮から非常に心理的なハードルが高いです。
• 情報の選別: アンケート自体が、最初から不満を持つ可能性のある顧客層を避けているケースも考えられます。
これらの要因から、サイトに掲載されている高評価の裏側で、不満の声が表に出ていないリスクを無視することはできません。
IV. 一級葬祭ディレクターとしての提言
高いリピート率の数字は、あくまで一つの指標に過ぎません。その数字が示しているのは、必ずしも「最高の品質」ではなく、「心理的なハードルの低さ」や「構造的な背景」かもしれません。
リピート率や口コミといった感情的な数字に頼って判断を下すことは、あなた自身の希望や予算に合わないプランを選んでしまうという「後悔のリスク」を内包しています。
もしあなたが、これらの数字や言葉だけで判断を促されたとしたら、その場で冷静に費用やプランの比較検討ができるでしょうか?
葬儀という特別なサービスにおいては、数字の持つイメージに頼るのではなく、ご遺族様の利益を最優先する中立な視点と、費用やサービス内容の透明性を求めることが、後悔のないお別れを実現するための鍵となると考えるのです。
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