葬儀費用の「相場」という名の幻想:中立な判断力を養うための視点

はじめに:「119万円」という数字の危険な魔力

2024年の調査によると、葬儀費用の全国平均は約118.5万円です。 この金額は、主に基本料金(祭壇、棺、スタッフ費用など)約75.7万円、飲食費(約20.7万円)、返礼品費(約22万円)の3つの要素で構成されています。ただし、調査機関や時期によって多少のばらつきがあります(約110万円~132万円程度)。

この数字を聞いて、読者の方はどう思われるでしょうか?

「意外と安いな」「やはり高いな」「自分の予算と比べてどうか」—おそらく、多くの方が、この平均値という数字を、自分自身の判断基準に据えようとされるはずです。

しかし、私は専門家として、この「相場」や「平均」という言葉が、葬儀というデリケートな場面で使われることを、心から危険だと感じています。なぜなら、この平均額は、一般葬(約161.3万円)と直葬(約38.8万円)など、形式が大きく異なるものを含んだ大まかな数字に過ぎず、ご遺族にとって本当に価値のある判断を歪めてしまう魔力を持っているからです。

私自身、この「相場」や「平均」という言葉が、葬儀の現場で使われることに強い違和感を覚えています。

なぜなら、「この地域では普通はこのようにしている」「一般葬ならこうあるべきだ」といった、外部の基準や慣習によって、大切な葬儀の形や金額が決めつけられてしまうことに繋がるからです。

「家族葬の平均がこの金額です。だから、このプランは平均より安いから安心でしょう」—このような言い方や判断は、一見合理的であるように聞こえますが、私は極めて危険な思考であると考えます。

これから直面するかもしれない、あるいは既に直面している葬儀という選択は、平均値では決して測れない、極めて個人的で、その家族固有の事情に深く根ざした問題だからです。

このコラムでは、葬儀費用における「相場」という幻想がもたらす構造的なリスクを透明化し、その上で、ご遺族が外部の基準に惑わされず、本当に自分たちにとって最適な判断を下すための視点を提供します。

第1章:相場を追いかけることで失う「ご遺族にとっての最適解」

多くの人が「相場」を求めるのは、「損をしたくない」「周りの人と同じようにしたい」という、極めて自然な感情に基づいています。知識が少ない状況で、高額な買い物や重要な決断をする際には、外部の客観的なデータに頼りたくなるのは人間の心理です。

1-1. 損得勘定が判断を鈍らせる心理的なリスク

ここで改めて問いかけてみましょう。

「平均だからといって、平均より高い葬儀をしたら、それは本当に『損した』ことになるのでしょうか?」

「逆に、平均より安く抑えたら、心から『得をした』と感じられるのでしょうか?」

この問いを突き詰めることは、非常に重要です。

仮に、故人が生前、親交の深かった友人知人が非常に多く、地域での役割も大きかったとします。その場合、平均的な家族葬の規模を超えた一般葬を執り行うことが、故人の尊厳を守り、残された家族の心の整理をつける上で最も大切な儀式となるかもしれません。

その際、「この規模でやると予算を超過してしまうのではないか」「この金額で本当に良いのだろうか」という費用への不安が強まり、本当に必要な儀式や参列者へのお礼を削ってしまう結果につながる可能性があります。

もし、ご遺族の判断がその「相場」という外部の基準によって歪められ、後悔の念だけが残ったとしたら、その費用削減は本当に「得」だったと言えるでしょうか?

感情的な状況下では、人は「相場」という曖昧な数字に安心感を求め、その結果として、真に必要な家族固有の価値観を見失う傾向があります。

1-2. 葬儀の「平均」が抱える構造的な問題

葬儀費用相場が持つリスクの根源は、その算出方法が極めて曖昧であるという構造的な問題にあります。

「平均」の定義の曖昧さ: 発表される「平均」は、基本となる祭壇や会場費のみの金額なのか、それとも飲食、返礼品、お布施など全ての付帯費用を含めた総額なのかが、データによって大きく異なります。

地域性の無視: 葬儀費用は、都市部と地方、特定の地域慣習の有無によって数十万円単位で変動します。全国平均は、特定の地域に住むご遺族にとって、ほとんど参考にならない可能性があります。

規模の無視: 家族葬、一般葬、一日葬など、葬儀の形式が異なるものを平均して算出されているため、検討されている形式の葬儀の実態とは大きくかけ離れていることがあります。

私の見解を述べさせていただきますと、葬儀費用の「平均」は、あくまで過去のデータ集積であり、ご遺族の判断を導く羅針盤ではないと考えるべきです。それは、その家庭の事情、地域性、そして故人への想いをすべて無視した、無機質な数字に過ぎません。

第2章:なぜ葬儀は「十人十色」であり、価格が変動するのか

葬儀は「十人十色でそれぞれの葬儀がある」と言われますが、これが奥深いのは、価格が単なる合理性や経済性で決まるものではないからです。

2-1. 地域慣習と「村八分」のリスクを伴う非合理性

地域によってしきたりが違うという問題は、経済的な合理性だけを追求し、簡素化や費用削減に走った場合、長年故人を支えてきた地域の人々や親族が「故人に対して失礼だ」と感じ、残された家族が深い孤立感や後悔を背負うという極めて現実的なリスクを伴います。

経済的な合理性だけを追求し、簡素化や費用削減に走ったとします。しかし、それによって、長年故人を支えてきた地域の人々や、親族が「故人に対して失礼だ」と感じた場合、残された家族は深い孤立感や後悔を背負うことになります。

もし、合理的な費用削減を追求した結果、愛する故人が生前大切にしていた地域コミュニティとの関係に、取り返しのつかない亀裂が入ったとしたら、その選択は本当に正しかったと言えるでしょうか?

多くの人が、感情的な状況下で、経済的なメリットよりも「周囲との和合」や「故人の尊厳」を優先する傾向があります。葬儀は、家族の決断であると同時に、社会的な儀式としての側面を強く持っているため、この非合理的な価格変動の要因は無視できません。

2-2. 「水のペットボトル」の法則が適用される葬儀

価格変動の要因を「水のペットボトル」に例えてみましょう。

• スーパー:100円

• コンビニ:150円

• 遊園地:300円

• 山の頂上:500円

葬儀社やオプションも、これと全く同じです。価格は、「何」を提供するのかよりも「誰が」「どこで」「どのような状況で」提供するのかによって決まります。

1. 「場所」の価値(遊園地や山の頂上)

• 都心の駅前の葬儀会館、特定の葬儀社の専用斎場、公営の斎場など、葬儀を行う「場所」が持つ価値や希少性によって、価格は大きく変動します。

2. 「時間」と「専門性」の価値(担当者)

• 経験豊富な専門家が、深夜にわたる搬送や複雑な宗教者との調整を全て担うのか、格安プランを提供する会社が、最低限の対応のみを行うのか。担当者が提供する知識、経験、そして対応の「密度」こそが、葬儀の品質であり、価格に含まれるべき価値です。

葬儀社ごとのプランやオプション、そして担当者によって金額が変動するのは、その「サービス提供の付加価値」が、提供される場所や状況によって全く異なるからです。改めて、「格安の広告は本当に格安なのか」と考えることは、この付加価値を見抜く上で最も重要な問いかけとなります。

第3章:本当に必要なプランとオプションを見抜く判断力

「全てを任せるのではなく、本当に自分達にとって必要なプランやオプションなのかを判断しなければならない」。

これは、リスクを透明化する上で最も重要な命題ですが、判断の難しさが現実として存在します。「安いと思って依頼するが、必要なオプションだと言われると信じてしまう」という、情報の非対称性が引き起こす典型的なリスクがあります。

3-1. 「悪意」ではなく「善意」が招くリスク

葬儀社の担当者がオプションを勧める動機は、必ずしも悪意だけではありません。

多くの場合、担当者は「故人のために最高のものを」「ご遺族様の心の慰めになるように」という純粋な善意やプロとしての責任感から、オプションを提案します。また、業界の慣習として、「全て盛り込んだ方が親切だ」という固定観念が働く場合もあります。

しかし、その「善意の提案」が、悲しみで冷静な判断力を失ったご遺族にとっては、不要な高額オプションに繋がってしまうことがあります。担当者さんが優しかったから、ずっと寄り添ってくれたからという感情が、判断基準を「必要性」から「信頼と感謝」に変えてしまうのです。

この「善意と高額化のリスクの構造」こそが、葬儀における判断の最大の難しさです。そして、この構造がある限り、ニュースや新聞で報道される「高額請求された」「騙された」と感じる被害件数は、毎年多く報じられ続けるのです。

もし、ご遺族が担当者の優しさに絆され、「本当は必要ない」と感じていたオプションにサインをしてしまったとしたら、その優しさは、後々ご遺族の家計を圧迫する後悔に変わってしまうかもしれません。

感情的な状況下では、「後悔したくない」という心理的な弱みだけでなく、「担当者への感謝」というポジティブな感情までもが、冷静な判断を妨げる要因となります。

3-2. リスクを透明化する判断フレームワーク

葬儀の現場で「本当に必要なプラン」を見極めるためには、相場や平均ではなく、自分たちの価値観という強固な軸を持つ必要があります。

判断の軸は、経済的なことだけではありません。以下の 3 つの軸で事前検討することをお勧めします。

価値観の軸(心の満足):

• 故人の生前の希望を反映しているか?

• 参列者に見送ってほしい人は誰か?

• 家族が故人との別れに最も重要だと考える儀式は何か?

費用の軸(経済的な許容範囲):

・用意できる現預金の上限はいくらか?(無理のない範囲で線引きをする)

• 基本料金と実費(ドライアイス、安置料など)がこまで含まれているかを明確に比較しているか?

地域・親族の軸(人間関係):

• 地域や親族のしきたりを無視した場合の影響範囲は理解しているか?

• 葬儀の規模や形式について、核となる親族間で事前に合意が得られているか?

これらの軸を事前に固めておくことが、「安いからいい」「必要だから信じる」という受動的な判断から脱却し、「私たちの価値観に合致しているから選ぶ」という主体的な判断に変わるための唯一の方法です。

提言

葬儀費用相場119万円。この数字は、相場という名の「曖昧な基準」であり、目指すべき「最適価格」ではありません。

相場に惑わされることは、家族固有の事情や故人への想いという最も大切な価値観を見失うリスクを伴います。特に、感情的な状況下では、人は「相場」や「必要だ」という言葉に安心を求め、担当者の善意によってすら、本来不要な支出をしてしまう可能性があることを、私たちは理解しておく必要があります。

最終的な提言は、以下の二つです。

1. 相場を捨て、「最適価格」を定義してください。

最適価格とは、「ご遺族が納得し、後悔せず、経済的に無理のない範囲で、故人の尊厳と社会的儀礼を果たせる金額」のことです。

2. 中立的な情報と自らの価値観の二軸で備えてください。

葬儀に関する構造的なリスクや費用の仕組みについて、中立的な情報源から知識を得ること。そして、その知識を武器に、「私たち家族にとって何が最も大切か」という価値観の軸を事前に確立すること。

この二つの準備こそが、格安の広告や相場という幻想に惑わされることなく、故人との最後の別れを、心から納得できる形で執り行うための、最も確実な道であると確信しています。

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